千 里 眼 物 語
一
若葉のもえる、しずかな山の村に、だれがいいだしたのか、とほうもないうわさがひろがりました。
この村のどこかに、千両箱が二十箱もうずめられている。という、きいただけでも目をみはるような、
景気のいいうわさなのです。 ’
千両箱が二十箱、合計二万両、なんのいわれのないことでも、もしそれが本当だったら――と、正’
直な村人たちのことですから、だれもいちおうは興味をもつのが人情。そのうえ、村人たちには、そ’
んな夢のようなことと、いちがいにはうち消されない村の伝説があったのです。 ’
というのも、この村にはなん百年かの昔、金屋長者という、近郷近在に知られた千万長者があったと’
いう、言い伝えがあるのです。 ’
金屋長者の身代といえば、八つの山と八 つの川に囲まれた、八百八町とれたお米の 俵の山は、富士の山よりまだ高い。 金屋長者の屋敷といえば、間口八丁、奥 行八丁に金庫八百八つ、庭の草木に咲く花 さえも、見たか見事な黄金いろ。 と、村のぽんおどりの歌や、草かりうたに 歌われているような、たいへんな長者で、 その豪勢なくらしのいろいろないい伝えは 今も村人の語り草になっているのです。 それで、このとほうもないうわさも、村 人にはまんざらうそだとは思えなかったの です。 「金屋長者の屋敷あとに埋まっているに ちがいない。」とか、「いや、三郎兵衛じ いさんの畑のところが、長者の金庫のあと らしい。」「太吉さんのうちの畑から、十 年前、大きなかめがでたことがある。あの へんかもしれないぞ。」「庄屋さんのうち |
長いかみの毛が、やせてとがった肩にか ぶさるように垂れ、白い着物に、色あせて 茶色がかった紋付き、黒いめがねをかけた 男が、両手をたかく頭の前にあわせて、彫 り物のようにじっとしています。 村人たちは、たれからともなく、社前の しき石の上に土下座して頭をさげました。 千里眼は村人の集まったことには頓着な く、やがておごそかな声で、祝詞でもなし、 お経でもない、なにやら得体のわからぬ文 句を口早にしゃべりたて、ぶるぶるとから だを奮わせはじめました。 あわせた両手が、だんだん下がってきた かと思うと、またぶるぶると奮えながら上 がってゆき、小さな声がだんだん大きくなっ て、息がきれるかにみえたとたん「かっ!」 |
千里眼のことばに、伊平さんはびっくりぎょ うてん、千里眼の前にぺたりと両手をついて、 「ありがとうございます。この伊平めの畑に ござります!」とおがみはじめました。すると 千里眼は、 「だがしかし、たとえ今はおまえの畑である とはいえ、おまえ一人の力でできたものではあ るまい。千両箱を一人占めするのはばちあたり だ。わしの今からさししめす人々が、心をあわ せ、力をあわせてみんなで堀だし、みんなで分 けるのだ。」といいました。 村人の顔はかがやきました。伊平さんだけに ひとり占めされるものでないとわかると、のび あがったり、顔をつきだしたりして、千里眼の |
「や、そいつは謀られたな。」一人がぺた んとしりもちをついてへたばりました。 太吉さんも、三郎兵衛さんも、顔色をまっ 青にしてふるえあがりました。 「ちくしょう。」 一人の若者が、くわをひっかついてかけだ しました。それをきっかけに、村人たちは、 わあっと、さけび声をあげてつづきました。 月の光をあびた畑をあとに、村人たちの黒 い列が伊平さんのうちの方に、なだれをうっ てつづきました。 伊平さんのうちの奥座敷にいってみると、 これはしたり、村人の運んだ金や品物はもち ろんのこと、伊平さんのうちのたんすや長持 の中の目ぼしいものまで、すっからかんに持 ち出されていました。 「ちくしょう。インチキ野郎め〜!」 伊平さんは氣ちがいのようにさけぶと、高い 熱を出して寝込んでしまいました。伊平さん |