「庄屋さんとタカタゼ」

 昔、ななぞうし(七蔵司)ちゅうところはの、七曾子ちゅう字を書いた '
んじゃが、そりゃてーへん不便じ貧しい村じゃったと。         '
 そもそも七曾子ん庄屋さんの起こりはの、村に三右衛門ゆうち、てーへ '
んな山持ちがおっち、領主様の大友氏にたくさんの用材を寄付したけん、 '
大野ちゅう苗字と帯刀を許されたちゅうことじゃった。         '
 こん大野三右衛門さんが初代ん庄屋じゃた。三右衛門さんは頭がようて '
領主様にいろいろ申し上げち、立派な村にしたということじゃ。     '
 ところがな、それからず〜と後、江戸時代になっち何代目かの庄屋さん '
のことじゃ。こん庄屋さんも、てーへん学問があっち、頭んいい人じゃっ '
たんじゃが、えれー腰抜けじゃったらしい。              '
 ある日んこと、こん庄屋さん、府内(大分市)んお役所に呼び出されち '
出かけんならんことになった。       '
 七蔵司から府内に行く途中にの、谷に一本 
橋が架かっちょんのじゃ。そこはそりゃあ暗 
ろうじ、淋しい所じゃった。そやけど、そこ 
を通らな府内に行かれんかった。      
 「こまったのう、行きとうねえけど、どう 
してん行かんならん」    
 一大決心をしちでかけたんじゃ。     
 さて、府内じ仕事を終わった庄屋さん、あ 
ん気色わりい一本橋を渡らなならん事を思う 
と気になっち、急いじ戻っちきたんじゃが、 
橋に着く前にとうとう日が暮れちしもうた。 

   
 庄屋さんな、もうおじ(恐い)いでおじいでしょうがねえ。「なまんだ '
ぶ、なまんだぶ」と念仏を唱えながら橋んたもとまでやって来た。    '
 ふと、橋んすみを見ると、よめ(夜目)にも真っ白りいきもん(着物) '
を着た人がゆらゆら動きよる。                    '
 「ひええ!」と体中冷や汗をかいた庄屋さん、さては幽霊かとブルブル '
震ゆる手で腰に差した刀の柄をにぎりしめ、いまにも切り付けようとした。'
 「いや、待て待て、もしちご(違)うちょったら大変なこちなる。」と、'
腰抜けじゃが頭はいい庄屋さんは考えた。               '
 目をつぶり、身を縮めち、一目散に一本橋を渡りはじめた。そん時、な '
まぬきい温い風がざわざわち吹いたかと思うたら、幽霊が庄屋さんの頭か '
ら背中を「ちょとまて〜」となでた。                 '
 「かんべんしちください〜!まんまんだぶ!まんまんだぶ」と庄屋さん '
は体じゅう鳥肌立てち、くちびるをかみしめち、わき目もふらんじつうじ '
(走って)帰った。                         '
 「帰ったぞ」ちゅう声も声にならんで、とにかく布団にもぐりくうだ。 '
「あんた、どげえしたんな?」ちゅう女房ん声も聞こゆらせん。布団には '
いってんおじ(恐)ゅうでとうとう一晩中眠れんかった。        '
 ようよう夜が明けたが、気になっちしかたがねえ、一本橋まで見に行っ '
ちみろうと思い立った。                       '
 一本橋ん谷端にタカタゼの大かぶがあっち、そん木に真っ白りい花が一 '
面に咲いち、それが風に吹かれちゆらゆら揺れよった。         '
 「あ、あれがゆんべの幽霊か。もしまちごうち軽率な事をしちょったら、'
村んしから笑われちょんとこじゃったな〜」              '
 やれやれと胸をなでおろした庄屋さんな、足取りも軽う家にもどったと。'
 タカタゼちゆう木は、牛が食うと喉がはるるちいわれち、刈るしかねえ '
ツル草ん一種じな、そじゃあけんたいそうおおい繁るんじゃわ。     '
 あんたもだまされんごとな。                    '
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